まーまとれーど

夫は個人事業主(兼業)、妻は個人投資家(専業)のでこぼこ夫婦。

924円と天丼哲学と私

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先日たまたま、924円が手元に余りました。

 

本来なら貯金一択ですが、最近夫の仕事や天気の関係でどこにも出かけずストレスが溜まっているのもあり、

「この924円を自分のために使おう!」

そう思いました。

 

どうせ使うなら、924円を満足感のいく形で使いたい。

 

何に使うか考えてたら、

「そうだ!大好物の和風チキンカツサンドを2個食いしよう」

 

そう決めました。

 

実際買ったのは、

 

❶期間限定の洋風チキンカツサンド* 420円

❷和風チキンカツサンド 390円

 計810円

 

(*洋風チキンカツサンドは、記事作成当時は販売してたけど、今は販売終了してるかもしれません)

 

で、残り114円。

 

❸子どもの青鉛筆4本セット(100ショップ)110円。

❹残り4円は神社のお賽銭。

 

以上が使い道。

 

 

青鉛筆はちょうど切らしていたので買った。

 

大好物の2個食い、最高です!

最高に幸せです!

買いに行く前日からずっと幸せ気分です!

 

810円で最高の幸せを買いました。

言い方を変えると、

「幸せを買おう」と思って意図的に810円使いました。

 

(残りの114円は必要経費として使いました)

 

 

でですね

 

お金持ちのライフスタイルが知れる本【投資家目線でのチョイス】」でも書いてる本多静六の【天丼哲学】。

 

生まれて初めて一杯の天丼にありついたとき、全く世の中には、こんなウマイものがあるかと驚嘆した。

(中略)

 後年、海外留学から帰ってきて、さっそくこの宿願の「天丼二杯」を試みた。ところが、とても食い尽くせもしなかったし、またそれほどにウマクもなかった。この現実暴露の悲哀はなんについても同じことがいえる。

(中略)

 すなわち、天丼を二杯も三杯も目の前に運ばせて、その一杯をーーだれでも一杯しか食えるものではないーー平らげるのは、せっかくのものもウマク食えない。一杯の天丼を一杯だけ注文して舌鼓を打つところに、本当の味わいがあり、食味の快楽がある。多少の財産を自ら持ってみて、私はこうした天丼哲学というか、人生哲学というか、ともかく、一つの自得の道を発見することができたのである。

 

 

(出典:本多静六(2013)『私の財産告白』pp.64-66,実業之日本社.)

 

 

この美学に私も感銘を受けてますし、賛同してます。

 

で・す・が!

 

チキンカツサンドは2個おいしく食べれちゃうんです。

ですので、これだけは【天丼哲学】無視で、2個最高においしく食べて、最高の贅沢を味わいました。

 

大好物のチキンカツサンド2個食いは、年に1回あるかないかの「私の最高の贅沢」となってます。

 

「高級フレンチに行きたい」なんて、年に1回も思わない。

カツサンド2個で最高の贅沢を味わえるから。

 

このように、たまには「幸せを小銭で買う」ことで、節約生活も喜びに変わります。

「これが最高の幸せ」と思えるのは、普段節約してるからであるので

「贅沢はたまにで十分」という点では、【天丼哲学】につながってるんじゃないでしょうか。

 

(普段からカツサンドをバンバン買う生活してたら、こんなに「最高に幸せだ」と感じられないだろう……)

 

また

 

チキンカツサンド2個食いという最高の贅沢は、「年1回あるかないか」だからこそ許されるのではないかと思ってます。

 

これをしょっちゅうやってたら、ただの浪費だ。

 

年1回なら、【“幸せを買う” という投資】みたいなもんじゃないかと、勝手に思ってます。

 

これが旦那様の稼いだお金なら、たとえ年1回でも810円を贅沢に使うのは気が引けますが、810円は確実に私の稼いだ分であるので、心おきなく堪能させてもらいました。

 

で、大好物に投資してこれで癒された分、トレードで稼ぐことに集中して、元以上は確実に取りますんで。

810円はただ消費して終わりじゃなく、確実にプラスの循環をさせますんで。

 

これなら、「金運の上がるお金の使い方じゃないか」と、勝手に思ってます。