まーまとれーど

夫は個人事業主(兼業)、妻は個人投資家(専業)のでこぼこ夫婦。

待ち時間の相対性理論 ~トレードの待ち時間が苦し過ぎる件~

f:id:trader-life:20180622101631j:plain

 

わたしが好んでやってる成長株投資で

時間軸長く利益幅大きく」取ろうとした時、

やることは「待つ」ことだ。

 

値動きの激しい成長株は

値動きが激しいからこそ大きな利益を狙えるチャンスがあるが、

激しく損益が動く「待ち時間」は、そりゃあもう苦しい。

 

文字で「苦しい」と一言で表しているが、

その一言の中に「欲・恐怖・不安」といったいろんな感情が混ざりあった苦しさ。

 

ディズニーリゾートのアトラクションでもかなりの待ち時間はあるが、

その時「待つ」ことと、トレードで「待つ」ことの苦しさは全然違う、完全に別物だ。

 

レジの列に並んで待つこと

デートの待ち合わせ場所で相手を待つこと

人気レストランで順番がくるのを待つこと

子どもの習い事中終わるのを待つこと

遊園地のアトラクションの順番を待つこと

帰りが遅く心配しながら子どもの帰りを待つこと

ハイリスクのトレードで売却予定の値になるまで待つこと

インデックス投信の積立投資でそれなりに値上がりするまで待つこと

 

もし、全ての待ち時間が「絶対的」に同じだったとしても、

「相対的」に違った感覚で待ち時間を過ごしていることになる。

 

(それが「相対性」であり、待ち時間の「相対性理論」)

 

待つ時間は確かに「同じ」でも、その感じ方には確かに「違い」がある。

そのシチュエーションによって「時がたつのが早く感じる」とか「時がたつのが遅く感じる」とか、全く違う感じ方だろう。

 

 

トレードで「待つ」ということは、

利益が(できるだけ)出るのを見守っている時間。

 

つまり、「待つ」ことが利益(損失)の大きさを左右する。

 

(失敗して損失になった場合は、「待つ」ほど損失が大きくなっていくだろう ← もちろん、回復することもあるが)

 

【同じ銘柄】を【同じ時間】待っていたとしても

損失の時と利益の時とは、また違った感じ方となる。

 

(また、人によっても違う)

 

わたしの場合は、

損失の時よりも「利益がけっこう出ていて、さらにもっと利益を伸ばそうとしている時」が、一番待つのが苦しく感じる。

 

(「もう利確しちゃえばいいじゃない?!」という誘惑にあらがうのが苦しい)

 

相対的に苦しいこの待ち時間をどうすごせばいいか?

 

その苦しさに屈して何度も大失敗をくり返して、

その中で試行錯誤して工夫をしてきている。

 

その工夫のおかげで「待つ」ことはできるようになってきているし

待ち時間に感じる苦しさを少しは和らげることができているけども

苦しさを完全に取り除くなんてできない、人間だもの。

 

だが、こう考えている。

 

「少し苦しいくらいがちょうどいい」と。

 

私の場合、「100%絶対大丈夫!」なんて傲慢さがある時はだいたい失敗する。

かといって「これはアカンやろ……もうダメだ……」なんて悲観しかない時もだいたい失敗する。

 

過去にうまくいったトレードで

その時感じていた感情を丁寧にふり返ってみると

「少し不安、少し苦しい」くらいだったのです。

 

傲慢さも悲観さもない「少し苦しいくらいがちょうどいい」と。

 

 (これは私の感じ方であるので、「自分の場合はどうだったか」ふり返って自己分析すれば「自分のトレードがうまくいく時の感情」がわかるかと思います)

 

尊敬してる無敗の勝負師であった桜井章一さんが言うところの、

【ゼロの地点・ニュートラルな感覚】☟にまさに近い。

 

(私の場合、完全にニュートラルではなく、以下の感覚に不安要素が少しだけ強くなる感覚ですが……それは、私がまだまだ未熟者であるからかもしれません……)

 

喜びと悲しみ、希望と絶望、自信と不信、否定と肯定、不安と確信といった相反する感情の間に、自分をいつも置くようにして生きてきた。 

 感情を縦軸、横軸のある座標空間で表すとすれば、プラスでもマイナスでもないゼロになる場所がある。

 このゼロにある感情とは、どのようなものなのか。

(中略)

 おそらくそれは、冒頭に述べたさまざまな種類の相反する感情の間をすべて重ねることで現れる場所なのだと思う。

 ただ、そこはもはや感情が支配する世界ではなく、純粋に感覚的な領域といっていいかもしれない。

 私は、そのゼロの地点を「ニュートラルな感覚」の世界と呼んでいる。

 いわゆる本当の意味での自然体というのは、このニュートラルな感覚を足場に置いて、初めて生まれるものだと思う。(pp.155-156)

 

 

 ゼロの地点、ニュートラルな感覚には、喜びも悲しみも怒りも一切の感情が消えてしまっているようで、同時にすべての感情の芽が微かに動いているような不思議な感触がある。

(中略)

 ふだんから相反する感情の間に立つことを習慣的にやっておけば、ニュートラルな感覚のギアはきっと入りやすいはずである。(p.158)

 

 

(出典:桜井章一(2014)『揺れない心』pp.155-158,KADOKAWA.)

 

この言葉を胸に

こういった心境になれる計画を立て

こういった心境で待ち時間を過ごす

そんなかんじでいます。

 

なので

 

「100%絶対大丈夫!」なんて傲慢さがある時や

「これはアカンやろ……もうダメだ……」なんて悲観しかない時は

間違っていることのシグナルになります。私の場合。

 

かといって、全く “無” の状態でもなく

「少し苦しいくらいがちょうどいい」ということがわかっているので、

「この完全に消えない苦しさを受け入れ、苦しさと共に待ち時間をすごす」

と、腹をくくっています。

 

以上のことから、(私の場合はですが)

トレードでの待ち時間は何とも言えない苦しさはあるが

「その苦しさが完全になくなるのは困る」とも思ってます。

 

むしろ「少し不安、少し苦しいくらいが安心する」という、何とも言えない複雑な心境。

 

なので、確かに苦しい時間ですが、「利益の源泉」であるこの待ち時間をこの苦しさを、確かに少しでも感じながら共存していくというかんじ。

 

株の儲けはこの「待つ」ことに対するガマン料なのだ。

 

もう一度、自分に対して言う。

株の儲けはガマン料

 

トレードでの待ち時間は確かに確実に苦しいけど、

なんとかやりすごそう!

 

(「なんとかやりすごそう」って、もうこうとしか言いようがない……)

 

その「なんとかやりすごす」方法を、自分で工夫すればいいわけなんですが、

 

私の場合は、「少し苦しいくらいがちょうどいいんだ」と思うことに救われてる。

 

あとはこういった【工夫】に助けられている。☟ 

 

 

(↑これらの工夫は「わたしが自分のために」考えた工夫であるので、当然すべての方に有効ではないでしょう。性格は人それぞれ違うので、【合う】【合わない】はあるかと思います……)

 

▼まさに、「自分の性格に合うトレード手法の見つけ方」の本。

私は1人でもがいて、さんざん失敗してきた中で、自分で自分に合うトレードスタイルを見つけた後にこの本に出会ってますが、もっと早く出会いたかった本です。

私の場合は、【自分の性格に合うトレードを選ぶ】という視点を持つまでに、かなり時間がかかってますんで……

 

トレーダーのメンタルエッジ